ハロアル 医療活動 初日

2月9日 医療活動 初日

AM 5:45  

 プルルル―――。 けたたましく電話のベルが鳴ります。モーニングコールの受話器を取り、分厚いカーテンを開けると、まだ夜が明けきれぬ紫色の空にマニラ湾が静かに揺れているのが見えます。昨年の9月末この地区を大きな台風が襲いました。10数メートルを超える巨大な波しぶきを生み、道路や繁華街まで浸水の被害をもたらしました。水はけの悪いマニラ市内は数週間あちらこちらで大きな水たまりができ、ミンダナオ諸島ではその台風の影響で多くの方が亡くなりました。私は窓を見つめこれから始まる医療活動に胸を躍らせる一方、静かに揺れるマニラ湾の被害に昨年日本を襲った大津波を思い出さずにはいられませんでした。 

AM 7:15

 

 ホテルフロントに2台のバスが到着しました。器材担当 副団長 木本先生から指示が飛び、手際よく器材が搬入されていきます。

 フロント前には全員が揃い記念撮影です。ハロアル団旗が広げられ高校生たちが前に並びます。これから活動に向かうに当たり皆少し緊張した面持ちです。A班リーダーのシンギさんから掛け声が飛びます。「ハローアルソン!!」いよいよ各班に分かれ出発です。半分に分かれた参加者は今日はもう活動終了まで会うことはありません。

 バスの前には私たちをエスコートしてくれる救急車が2台並んでいます。

 さあ出発です。

    

 

A班 「カビテ市 ビナカヤン小学校」

対象者    ビナカヤン小学校の生徒

患者数     286人

(保存)     30人

(抜歯)     118人

(クリーニング) 138人

(投薬)     98人

 

バスを降りるとそこに待っていたものは日の丸を振りながら歓声を上げる子供たちでした。また学校中の楽器を書き集め歓迎の演奏をしながら学校中の子供たち、先生が出迎えてくれました。

 実はこの学校は過去に物資の配布のみを行ってきました。先生達からも「是非、デンタルミッションをやって下さい」と毎年懇願されており、今年やっと念願の歯科治療を行うことができ、例年以上に生徒達は興奮しています。

 沢山の日の丸の旗がフィリピンの空になびいています。参加者は皆照れくさそうに各自バスから器材を運んでいます。現地活動責任者の今西先生の指示の下素早く診療ブースが作られていきます。患者の導線、うがい用の水の確保、電源や荷物の保管場所。検診ブース、抜歯(歯を抜く)ブース、保存(歯を削り詰める)ブース、クリーニングブース、消毒ブース、そして投薬ブース。各自が振り分けられた係りに従い大急ぎで準備をします。一人でも多くの患者を治療する為に皆必死です。

 

 いよいよ準備が整いました。検診ブースの先には子供たちが長蛇の列をなしています。

治療チケット「1番」を持った子が 会長 林 春二 先生 の所へ歩いてきます。

彼達はこの日をどんなに待ちわびていたでしょうか。その手にはしっかりと皆さんから頂いた歯ブラシが握りしめられていました。

 

 この学校は国立の小学校です。生徒数2,047名 幼稚園も併設されているため5歳~13歳までの子供たちが通っており、この学校を中心として貧困層のスラム街を形成しているのが特徴です。学費の高い私立の小学校より国立へ編入する生徒も増え、また海沿いに位置するこのエリアは漁師としての生計も比較的立てやすいため、年々居住者が増加しています。

  

 しかし、全ての子供が学校に通えるわけではなく、たとえ通えたとしてもノートや鉛筆といった文具は皆無に等しく、支給される教科書などは10人に一冊程度です。

 今回、この学校には日本から用意したノート1,700冊を支援しました。これは日本では学年が変わったり進学したりすれば、大抵の子供たちは全て使いきっていないノートでも、また新たに購入し、新調するはずです。その余ったノートの残りの部分を物資として頂き、重ね合わせ「ハロアル・ボランティアノート」として生まれ変わらせました。

 これは3年前、この学校の校長先生とのインタビューで、「何がこの学校に必要ですか」と質問をした時、先生は「ノートと鉛筆が欲しい」と言いました。しかし、すぐには人数分は集めることはできません。3年という年月を経て全国から頂いた物資をようやくお渡しすることができました。校長先生をはじめ子供たちはとても喜んでくれましたが、慢性的に文具が不足している現状の為これからも継続的支援を約束しました。

 

 

B班 「バランガイ 8 エリア・SAN LORENZO  RUIZ」

住人数      4,500人

12歳以下      450人 

60歳以上      200人

活動場所 「カビテ市立大学校舎内を使用」

対象者    周辺スラム住人

患者数      280人

(保存)     28人

(抜歯)     159人

(クリーニング) 91人

(投薬)     144人

 

カビテ市内最大のバランガイであり、年々その住人達は増え続けています。海沿いに面したこのスラムは漁師が最も多くそのほかは建築現場などで仕事をしています。子供たちは、一応小学校はほぼ通学はできるものの、途中で仕事をせざる負えない子や16歳になればほとんどが何らかの仕事をし、家族を支えていると言います。この地域では病気になると軽度の場合は無料のクリニックで治療を受けることはできますがそれ以上の治療に必要な薬は自分で購入しなければなりません。また更に重度な病の場合は治療費が払えないため「死」を待つ他ありません。歯科治療については全ての住人が「人生で初めて」と答えました。

 私がこの地区のリーダーに質問します。「このバランガイで最も必要なものは?」リーダーは言います。「トイレが欲しいです・・」このスラムには約60%の住居にトイレがありません。住人達は一定の場所で排便をせず“その辺”でしてしまいます。その上このスラムは海抜0メートルに位置し、満潮時には住居の下ぎりぎりまで海水が浸水します。その為汚物や排泄物がとても不衛生な状況で沈殿され悪臭を放っています。その水辺で子供たちは遊び、栄養状態の悪い子たちは足の傷一つで感染し死んでしまう場合があります。

 リーダーが言います。「今日のデンタルミッションは神様からのプレゼントです。もう一生巡り合うことはないでしょう。でも、私は祈っています。また来年皆さんにお会いできることを・・」

 劣悪な環境で生き、その周囲には高層ビルも見えるこの場所は、まさに貧困問題、貧富の差の縮図です。

 私は彼の話を聞きながら、私の周りに無邪気に集まる子供たちの将来を祈るばかりでした。

  

 

今回、A班・B班 2つのエリアに分かれ活動をしました。各グループとも一人でも多くの患者を治療する為に必死です。私が担当したB班では患者全てがスラム住人のため、その治療内容のほとんどが「抜歯」でした。日本では治せるはずの歯を子供たちは幼くして次々と失っていきます。そして血だらけになったガーゼを噛みしめながら「サラマッポ・ありがとう」と言います。その手には皆さんから頂いた歯ブラシやタオルがしっかりと握りしめられています。A班の責任者 今西先生から連絡が入ります。別会場で頑張っている仲間も皆同じ気持ちでしょう。

10歳にして前歯2本を失ってしまった目の前の可愛らしい女の子の瞳が忘れられません。

バケツの中には1本、また1本と抜かれた歯が貯まっていきます。その様子を見て一人の高校生が泣いています。「しっかりと目に焼き付けて行きなさい。これが現実です。ではこの現実を知ったあなたはこれから何をしなければいけないのだろうか。今見ている事を単に思い出にしてはいけない。私たちはこの現実から学ばなくては・・」

時計の針はすでに予定の15時を指しています。しかし、会長から「もう少し頑張ろう。まだ治療チケットを持っている患者は全て診てあげよう。」体力の消耗と疲労の中、最後の力を振り絞ります。ふと横を見るとさっきまで涙ぐんでいた高校生が、不安気に口を開ける子供の右手を握りしめ、「カナモヤン・頑張って」と叫んでいました。

   

最後の患者が終わりました。空は一面真っ赤な夕日に染まっています。私達はバスに乗り込みます。名残惜しそうに高校生達が写真を取り合っています。

もう二度と会うことはない子供たち。もう二度と戻らない人生の一瞬が、海風に揺られながら熱気に包まれた会場を流れて行きました・・・